猿山の構造と人間社会構造の違いはどこにある?

心理学博士著

大分県の高崎山自然動物園の猿山(以下、サル山)には、野生のサルが餌づけされています。[i]新聞やTVなどのメディアでもしばしば取り上げられ、最近ではサルの一部が分派したと報道されました。[ii]人間社会のようにサルの群れや行動・生体を擬人化し捉えることがあります。「ボスザル」がサルには存在すると理解している方も皆さんのなかにいるかもしれません。

サル山におけるサルの群れはどのような構造を形成しているのでしょうか。そして、その構造は野生ザルの集団や人間社会と構造は異なるのでしょうか。サルの群れと人間の社会構造を比較・対照することで、両者の違いを確認していきましょう。

日本における霊長類研究とサル山

日本における霊長類研究は、今西錦司京都大学名誉教授が1948年に宮崎県の野生ザルを研究したのが始まりとされています。フィールドワークを通じてサルの集団や群れに属する個体の行動などを観察することが「サル学」の根底にあります。[iii][iv]

サル学の誕生後、高崎山自然動物園を含め日本各所でフィールドワークが行われました。有名なのが、サルのイモ洗い行動が発見された宮崎県の辛島(こうじま)です。イモ洗い行動とは、サルが水辺でサツマイモに付着した砂を洗い落とす行動を指します。[v]若いサルで観察されたイモ洗い行動が年配のサルへと伝播することが確認されたのです。ヒトと同様に、サルもある種の文化をもちうることをイモ洗い行動の事例は示唆しています。[vi]

サル山におけるサルの群れの構造として初期サル学において主張されてきたのが、「同心円二重構造」です。サルの群れの中心部にはボスが存在し、周縁部に向かうほど序列の低い若いサルが生活しているということが、高崎山のサルの群れから見出されました。[vii][viii]事実、上野動物園のサル山では代々ボスザルの存在が確認されています。このサル山、実は日本独特の存在です。昭和初期に上野動物園で誕生したのが始まりです。[ix]戦後に宮崎県や鹿児島県からサルを導入し、2010年まで約60年間ほかから遺伝子を供給することなく閉鎖した集団として維持されてきました。

ボスザルの存在は当たり前ではない!?

ところが、同心円二重構造は決して所与の事実ではないことが判明してきました。「サルの群れにはボスザルが存在すること」は当然の事実ではないのです。人間社会では、企業や政党等、集団にリーダーが決定されています。企業ならばトップが経営権をもち、役職が上になるほど責任や収入も大きくなります。初期サル学においても、ボスが群れをまとめる中心的存在であること、ボスの統率力によって群れが団結していることなどが理解されてきました。[x]

実際、上野動物園のサル山には群れを統率するボスザルは、初代のダンジュウロウから数えて1995年までに全部で9頭存在しました。[xi]ところがこの流れが突然途切れます。ボスザルが存在しなくても、サル山の社会は成立するのです。

サルの群れにボスザルが存在するという見解は決して当たり前ではありません。この見解を反証する事例として、石川県白山の野生ザルのケースが挙げられます。白山の野生ザルの生態を調査するなかで、どのサルがボスザルなのかと問題に研究グループは直面しました。移動の際にサルの一団の先陣を取る「タイチョウ」と名付けられたサルがボスザルだと研究グループは当たりをつけました。しかし、タイチョウが死んだのちもサルの群れの統率が維持されるなど、初期サル学で信じられてきた常識が確認できなかったのです。先述の上野動物園でサルを率いるボスが途切れた事例も、サル社会にはリーダーは存在するとは限らない説を支持する結果になっています。

サルの群れと人間社会の決定的な違い

サル山で確認されたボスザルの存在や同心円二重構造がサル一般で否定されたからといえ、サルを含めた霊長類の多くで群れやある種の社会をつくって個体が生活していることが確認されています。[xii]では、サルとヒトの社会とではどの点に違いがあるのでしょうか。それは、サルには富や権力が存在しないことです。サル山でボスザルらしき存在が確認されたとはいえ、人間社会のリーダーのイメージをサルの群れにそのまま適用できません。[xiii]企業では何十年もトップに居座る「ワンマン社長」が時折存在しますが、リーダーの存在するサルの群れではサルがリーダーの地位に長年居座らないことが確認されています。子孫を残すためのメスの協力があってこそオスザルはリーダーへと昇ることができ、リーダーの地位を獲得する動機もヒトとは全然異なります。

ヒトは、家族や共同体等の集団に属して生活を続けています。[xiv]「会社に一生を捧げる」「親孝行する」など、個人と共同体との紐帯が見受けられます。他方サルは集団に対する愛着をもちません。食糧の供給や安全性の確保といった個体の利益が優先され、サルは集団に愛着すらもたず去ることを厭わないのです。[xv]

サルの世界へと退行する人間社会

このようにヒトとサルの社会間で明確な線引きが行えますが、近年は人間の社会が「サル化」する傾向にあります。かつては孫から祖父母まで三世代が同居する大家族が日本でよくみられましたが、夫婦と子供だけが済む核家族へと移り変わっています。また日本における転職率も近年は緩やかに増加する傾向にあります。[xvi]

動物の世界においても、働きバチのように血縁関係がある場合の利他行動や、将来自分のためになることなら短期的な戦略としてほかの個体のためになる行動を選択する「互恵的利他行動」などが確認されています。[xvii]しかし、個体が集団のために行動することはヒト以外の動物では特殊なケースを除き確認されていません。[xviii]

人間社会で家族などの共同体が完全に崩壊すれば、共同体のためといった利他行動をヒトが選択することもなくなります。これは個人の欲望に駆られて行動するサルの世界と変わらないことを意味します。共通祖先をもち遺伝距離の近い霊長類[xix]のなかでも、直立歩行や言語の使用、知能の発達など際立った特徴を有するヒト。その特徴のひとつである共同体を放棄することは、再びサルへと退行したともいいかねない現象です。

サル山のサルの群れを観察することは、人間社会の特殊性を際立たせるとともに、ヒトの文化が進歩あるいは退行したかの指標にもなりうるのではないでしょうか。


[i] https://www.takasakiyama.jp/

[ii] https://www.nishinippon.co.jp/item/n/578889/

[iii] 「「サル学」の視座」,中村美知夫 pp.76-77.(『現在思想』44(22), 2016年)

[iv] 「日本サル学神話の崩壊」, 佐倉統 (『別冊宝島』119, 1990年)

[v] 「辛島のニホンザル自然群で新たに獲得されたプレカルチュア的行動」p.37.

[vi] 動物に文化が存在するという見解を認めない論者もいるが、欧米の学術誌等で活発に議論されている最中である(「霊長類の文化」中村美知夫, p.229(『霊長類研究』24, 2009年)

[vii] 「高崎山のサル」(『伊谷純一郎著作集 第一巻』pp.249-250)

[viii] 『ニホンザルの生態』, 伊沢紘生, p.119, 1982年.

[ix] 「上野動物園いまむかし」, 正田陽一(『婦人乃友』108(4), 2014年)

[x] 『ニホンザルの生態』p.119.

[xi] 「出サル山記」, 木下直之(『Up』43(3), 2014年)

[xii] 『ヒトはどのように進化してきたか』p.222.

[xiii] 「サル社会におけるリーダーの悩み」,山際寿一(『刑政』111(4), 2000年)

[xiv] 『「サル化」する人間社会』, 山際寿一, 2014年 , p.154.)

[xv] 同上,pp.157-158.

[xvi] https://www5.cao.go.jp/keizai3/2017/0118nk/n17_2_1.html

[xvii] 「霊長類における互恵的利他行動, 室山泰之, p.166.(『霊長類研究』14, 1998年)

[xviii] 同上, p.165.

[xix] https://www.nig.ac.jp/museum/evolution-x/02_c2.html

 

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